「彼 」
彼 は旅立った。
あ、別に不幸が起こったわけではない。
本当に、「旅立った」のだ。
僕らの前から。
また戻ってくるらしいけど。
彼 のことをボクは何も知っていなかったのに、あんなことを言ってしまった。
傷ついたかな?
いや、傷つきはしないか。
彼 、強いし。
彼 はバスケ部を見てどう思ったかな。
彼 は「自分」を「みんな」に出しきれていたのかな。
彼 は名前を変えるらしい。
あ、もちろん本名じゃない。
活動名だ。
だけど、変わっちゃったら、
もうヒノノニトンとは呼べないな。
彼 、カッコいい男の子、不気味な男の子、怖い男の子。色々描いてた。
彼 の女の子の絵を見たら、なんだか涙があふれた。
彼 、「彼女」に打ち明けてた。
「彼女」は、彼 が読んでくれなかったことを怒ってた。
なんでもって、彼 は
自分の記念日なのに、
「ぼくらのきねんび」
をプレゼントしてくれたのだろう。
彼 に当てて描いていた絵は、
「すぐに削除」という五文字に消えた。
そこに描いたのは、
彼 と、
「彼女」が、
にこにこと、
なかよさげに、
手をつないでいる
絵だった。
そこに映る彼 と「彼女」は
まだ「何も知らなかった」ボクが
いきいきとえがいた、
自分の中での仲良しな
二人のイメージだった。
ボクは「何も知らなかった」。
だが、「知ってしまった」。
「知ってしまった」後に『その』絵を
見ようとした。が。
消えている。
しかたなく、
スケッチブックを開き、
したがきをみつめた。
彼 は、「彼女」と
まるでカップルじゃないか、ってくらい
楽しそうに笑っていた。
もう「知っていた」、「彼女」は、
大好きの言葉を恐れた。
そして後悔した。
ボクは、
この夜を迎えて、
スケッチブックの彼 へと
消しゴムを運んだ。
が。
やっぱり、やめた。
彼 は、やはり、
「彼」だ。
いつになるのだろう。
彼 と話すのは。
ボクは「知ってしまった」けど、
案外、
「知らな」くても、
「知ってしまって」いても、
ボクは、
彼に言うんじゃないかな。
「健康にしてたぞ。」
「…………お前、やっぱかわええ笑」
って。
出会った時に、
少し気づきかけたけど、
気づかないようにしてくれたのか、
「彼」自身、気づいてなかったのか。
ボクは「彼」によって、
彼 を彼として、
付き合ってこれたのだろうな。
さて。
あの人や、あの人、あの人や、あの人も、いつか、きっと知るのだろう。
彼 自身も、少し、変わるかもしれない。
まあ、おそらく、
彼 は、
なんと言われても、
何を問われても。
きっとまた
優しく、
笑ってくれるだろう。
彼 に、
乾杯です。